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東京高等裁判所 昭和36年(ツ)99号 判決 1962年12月20日

判   決

上告人

石田仙太郎

右訴訟代理人弁護士

田畑喜与英

被上告人

大坂新平

右訴訟代理人弁護士

姫野高雄

右当事者間の東京地方裁判所昭和三十五年(レ)第五六〇号立替金請求控訴事件につき同裁判所が昭和三十六年五月十二日言渡した判決に対し右上告人から上告を提起し全部破棄を求める旨申立てたので当裁判所は口頭弁論を経た上次のとおり判決する。

主文

原判決を破棄する。

本件を東京地方裁判所に差戻す。

理由

上告理由は末尾添付の上告理由書記載のとおりである。

第二点について

按ずるに租税債権(本件においては武蔵野市賦課の固定資産税に対する第三者の代納についても、特段の規定のない限り民法第四百七十四条第二項の規定を類推適用すべきものと解されるところ、本件代納の行われた昭和三十一年九月十八日当時施行の地方税並びに国税徴収法及び同法施行規則に徴するに右規定の適用を排除すべきものと解される規定は存しないので本件の代納も右民法の規定に従い利害の関係を有しない第三者は納税者の意思に反してこれをなし得なかつたものであることは原判決の説くとおりである。

所論はこれを前提として、原判決が被上告人による上告人の滞納租税の代納に関し、被上告人はこれについて法律上直接の利害関係を有せずただ間接の利害関係を有するに過ぎないけれども、なお民法第四百四十七条第二項にいわゆる利害の関係を有する者にあたるとした点を非難し、右規定の解釈適用を誤まつた違法があるというのである。

思うに債務者において第三者による債務の弁済を欲しない事情は、本件において上告人の主張するように債務の減額の交渉中に減額を得る期待を失わしめられるという如くなんらかの利害関係の考慮に基く場合あるいは故なく恩恵を受けることを潔しとしないという如き単なる感情的な理由に基く場合などその事情は様々であり、そこに必ずしも第三者の弁済を拒絶すべき合理的な理由があると認め難い場合が少なくないのであるけれども、民法第四百七十四条第二項の規定は債務者の意思が合理的であるかどうかを問わず債務者の立場を考慮しその意思を尊重する趣旨で設けられた規定であつて、その法意はたとえ債務者に単に債務消滅の利益を与えるもので格別の不利益を与えない弁済であつても、みだりに他人の意思に反してこれを干渉するを得ず、ただ第三者はその弁済の有無が直接自己の法律上の地位に関係し自己の法律上の利益を擁護するために必要である場合に限り債務者の意思に反してもこれをなし得るとするにあると考えられる。従つて右規定の合理性もしくは立法上の当否については議論のあり得るところであるが、その解釈としては右規定にいわゆる「利害の関係」とは法律上直接の利害関係あることを要するものと解するのが相当であり、原判決のように解するのは必ずしも右規定の本来の趣旨に合わないものといわざるを得ない。

原判決の確定したところによれば、「被上告人は上告人に賃貸中であつた東京都武蔵野市関前字久保八百三十番の一及び二の土地の明渡等に関し上告人との間に成立した調停調書に基く建物収去土地明渡の強制執行を弁護士姫野高雄に委任し、同弁護士は裁判所から右債務名義表示の上告人所有建物の収去命令を得て東京地方裁判所八王子支部所属の執行吏に執行を委任したところ、同執行吏は右建物が税金滞納のため差押えられていることを理由に執行を拒んだ。そこで姫野弁護士はかかる場合には執行吏のいうように建物収去命令の執行はできない取扱になつているものと思い、また滞納処分によつて右建物が第三者に公売されると建物収去についても承継執行文を要することになり、法律上も余分な手続をしなければならなくなるし、敷地の使用関係について紛糾を生じても困ると考えて被上告人に勧めて上告人の租税債務を代納させた」というのである。

右事実に基いて考えるに、滞納処分による建物の差押がなされた場合でもこれがため建物収去の強制執行は妨げられるものではないと解されるから、右強制執行に関する被上告人の権利は前記租税債務を弁済しなくてもこれを実現し得るものであるといわなければならない。もつとも前判示の事実によれば執行吏において建物の収去を拒んだというのであるけれども、これは執行吏の誤であり、被上告人において執行方法に関する異議の申立によりその目的を達し得べきものであると解すべきことは原判決も認めるとおりであり、またこの間滞納処分による公売が実施されて第三者が所有権を取得することがあり得るとの懸念は執行実施前に実現するかどうか不明のことに関するものであり、しかも仮りにそれが実現しても被上告人は承継執行文の付与を得て強制執行をすることができるといわなければならない。

右によれば、被上告人の権利の行使は本件滞納租税を代納し差押の解除を得ることによつて前示執行方法に関する異議等の手段をとるまでもなく容易に実現できるものというべきではあるけれども、本来右差押によつて被上告人の権利はその実現を法律上妨げられるものということはできず、権利実現が困難となつたのは執行吏の誤まれる処置及び被上告人の代理人においてこれを正当と信じたことによるものであつて、本来法律上障害となり得ないものが関係者の誤認により事実上障害と考えられるに至つたものもしくは将来起り得べき障害というにすぎないものということができ、本件代納は右の障碍を回避する一方法というにすぎないもので客観的には代納の方法によつて排除しなければならない法律上の障害は存しなかつたといわなければならない。

従つて被上告人において強制執行による権利の速かなる実現を希み租税代納の手段に出たことは諒とすべき点があるにしても、右代納につき法律上直接の利害関係を有したものとすることは困難であり、民法第四百七十四条第二項により、債務者の意思に反して弁済をなし得ないものであつたといわざるを得ず、原判決は右規定の解釈適用を誤まつた違法があり、右違法は判決に影響を及ぼすものというべきである。

よつてその余の論点に関する判断を省略し、民事訴訟法第四百七条に則り主文のとおり判決した。

東京高等裁判所第十民事部

裁判長判事 梶 村 敏 樹

判事 室 伏 壮一郎

判事 安 岡 満 彦

上告理由書

原判決には次の如き判決に影響を及ぼすこと明なる法令の違背があるから破毀せらるべきである。

第一点原判決には重大な事実の誤認があり、この誤認せる事実に法律を適用したのは法律違背である。

原判決は、控訴人の代理人姫野弁護士は建物収去命令の強制執行を木村執行吏に委任したるところ同執行吏から本件建物が税金滞納に因り武蔵野市から差押えられているため該税金を完納せざれば執行できないと、その実施を拒絶され、かかる差押のある場合は執行吏の云うが如く執行できないと思い、控訴人に勧めてその代納をさせたと認定した。

而して、控訴人は執行吏に該収去命令の強制執行を委任したのは昭和三一年九月一九日であり、執行吏から右の如く申渡されたのはこの執行委任の後であると主張(昭和三六年一月二七日付準備書面第二項)している。しかし

(一) 甲第一乃至六号証に徴すると控訴人の代理人姫野高雄は同月一八月武蔵野市に該税金を代納し、同日差押は解除されたことが明白である。されば、控訴人の代納は執行吏に執行を委任する以前なる前日既に完了しており、建物の差押は解除されていたのである。殊に、姫野代理人は代納と同時に右甲号各証を武蔵野市から自ら受領所持していることも否定し得ない。故に、差押の解除された一八日の翌日である一九日に執行吏が前記の言を為したとしても、控訴人やその姫野代理人がこれに基き代納するということはあと得ない、それは矛盾撞着で時間の前後を実験則に反し無視し敢て絶対不能を可能としたもので著しい誤判である。

(二) この点につき姫野証人は

(イ) 第一回証言において木村執行吏に執行委任をせんとしたところ、同人から市税滞納処分が為されているから、これを完納しなければ収去命令は執行しないと云われたというが、不動産競売なら競売当日執行吏の手に執行記録があるから格別であるが本件の如き収去命令の目的不動産につき執行吏が差押の事実を知る由のないこと実験則に照し明かであるのみならず、又事件の当事者たる控訴人及びその代理人姫野高雄さえ知らなかつた差押の事実を何故執行吏が知つていたかという根本事由を明かにしていない媒野証言は全く虚偽捏造以外の何物でもないと見るべきこと常識上当然である。

(ロ) しかも、木村執行吏に右の如く云われた日時は、或は(1)代納する一寸前だとか、(2)或は一週間か十日位前だとか、更に(3)一週間以内だとか全く信拠なき供述をしていることはその証言の非真性を如実に暴露しているものでなくて何であろうか。姫野証人は単なる証人ではなく、控訴人の代理人として当時このことに当つたものであり又現に本件訴訟において自ら控訴代理人として控訴人の為め訴訟行為一切を為しており、姫野自身が控訴代理人として作成提出している前顕控訴人の準備書面には、いとも明瞭に昭和三一年九月一九日木村執行吏に建物収去の強制執行を委任したと記載しているのである。証人としての供述に、右のような浮動性のあるべき余地はあり得ない。同人のこれについての証言は一顧の価値もない。

要は姫野高雄が木村執行吏に収去命令の執行を委任したのは右十九日と認定する以外合理的な判断はあり得ない。

(三) 加之第二回姫野証言は、右第一回の証言の非真実であることを明瞭に認めている。即ち、同証人は第二回訊問では姫野は右差押の事実を建物登記簿をとつてはじめて知つた。そして、この差押登記があつたので代納したと述べている。これによつてこれを見れば、果して姫野が何月何日に執行吏に収去命令の執行を委任したかの確定はしばらく之を措いても、控訴人の代理人姫野が右税金を代納したのは登記簿謄本をとつて差押を知り、之を知ると共に間髪を入れず代納したものであり、代納後収去命令の執行を木村執行吏に委任したものであることまことに歴然としており、一点の疑を挾む余地はない。

然るに原審はこの火の如き明白なる事実の判断を為すに当り先、後、本末をあやまつて執行吏に云われて、止むなく代納したと全く存在する事実と正反対の認定をことさらに為してその誤認事実を前提として本判決を為したるものでかかる認定は採証の法則と実験則に明かに反するから破毀を免れない。

第二点原判決は民法第四七四条第二項の解釈・適用を誤つている。

原判決が「滞納税金を代納しなくとも、本件強制執行は法律上可能であるから、その意味では控訴人の有する利害関係は直接のものでなく間接的なものといいうるが、間接的な利害関係も社会生活の実際に鑑み妥当性が是認できる場合には除外の必要はない……から控訴人は本件代納につき利害関係を有する」としたのは民法四七四条二項の解釈を誤り適用したものだ。

(イ) 同条の利害関係は「直接」のものに限る。

抑々同条第二項の利害関係は直接のものでなければならない。蓋し同条が債務者の意思に反する第三者の弁済は無効であるが、ただ利害関係を有する第三者の弁済だけは有効とするとした理由はかかる第三者はその弁済につき直接の利害関係を有するが故に外ならない。蓋し、直接の利害関係ある者の弁済は債務者の意思に反するときも之を有効としなければかかる第三者を犠牲として不均衡に債務者を保護する結果を招来し第三者の弁済を是認する原則に反するに至るが故である。即ち弁済により直接利害を受ける者のみ第二項の弁済を為し得るのである。

反之、間接の利害関係を有するに止まる第三者をも本条の利害関係者と見るにおいては当該債務者は勿論その債権者、その債権、債務関係につき全く微弱なる利害関係を有するに過ぎない者に至るまで之に介入を認めることとなり債務者の意思を尊重するために設けられたる同条の存在理由を根底より覆すこととなる。かかる解釈の失当なるは明かである。殊に間接の利害関係なるものは性質上その範囲極めて広範で社会生活の万般に亘るから何人も間接の利害関係なきはなしということになる、かような解釈の如何に不当であるかは論ずるまでもなく第二項の法意に反する。

之をわが国の学説に観るに、本条の利害関係は直接のものであることを要することが通説であり且、一の反対説なき定説である。

試みに之を著書につき見るに、

(い) (1) 我妻栄氏及有泉亨氏はその共著法律学体系コンメンタール篇3債権法(日本評論新社)一六二頁において

(2) 於保不二雄氏は法律学全集(有斐閣)債権総論三二一頁において、

いづれも本案の利害関係は直接のものたることを要すると、明かに直接なる表現を用いており、

(ろ) これ等学者及びそのほか一々之を例示するまでもなくすべての学者は、ひとしく本条の利害関係ある第三者として物上保証人と、担保不動産の第三取得者とを挙げている。而してこれ等指示の者は、まさに、直接の利害関係があるものであり、その表現に直接なる文字こそ使用していないが、しかもそれが直接のもののみを指摘しているのは蓋し直接の利害関係者のみを本条の利害関係者と解することの正当なるに基くものであるといわなければならない。

而してこの利害関係は直接なるものであるを要し、単に利益があるというだけでは弁済を為し得ない(我妻栄、岩波全書民法Ⅱ五二三頁)。控訴人の代納は単に同人に利益であるというに止まり、直接の利害関係ではない。

蓋し第二項に所謂直接の利害関係とは、弁済そのものが第三者の法律上の権利、利益の喪失・制限、義務の履行の強制を生ぜしめることに直結されるもののみを指示し、その然らざるものは、すべて間接の利害に属する。

然り而して原判決も本件控訴人の利害関係は間接のそれであると認定せざるを得ないものであるに拘らず間接のそれでも実生活に妥当する場合は直接の利害関係と同一に扱うべきだと認定した。

しかも、その論法たるや法律専門家の弁護士である控訴人の代理人姫野高雄が執行吏の法律の誤解に気が付かなかつたことや、公売による面倒が生ずることを容易に回避し得ることに気付かなかつたという驚くべき過ちを正当なるものとし、この過ちに基く代納を以て社会生活の実際から見て権利行使に必要な措置だとして是認すべきだと認定している原判決は寔に非常識、不見識の極まりであつて、現在社会に普遍的に実存する社会人の良識の許さざる越権的断定で失当なるや論を俟たない。かかる態度が許容されるならすべての法的安定は凡て望み得ない。加之かかる見解の為めに第二項はその存在を否定され、債務者が法律によつて与えられたる保障は故なくして剥奪されるのであるからその失当なることは明白である。しかも訴訟代理人が法律専門の弁護士として不注意にも誤解したことを以て社会的に是認さるべきことであると認定する原審の判断は常規の外に在りというべく、叙上原審の見地は実に尽く独自にして珍奇なる私説に終始しているといわなければならない。

かかる法律解釈に基く判決は著しく法令に違反するもので破毀を免れない。

(ロ) 本条の利害関係は法律上のものでなくてはならない。

本条は単に事実上の関係に過ぎない利益を有するに止まる第三者をして債務者を強制せしめることを認めたものではない。ただ法律上の利害関係を有する場合のみ第三者は債務者の意思に関係なく有効に弁済し得る。蓋し然る所以は、事実上の利害関係は極めて広範囲であらゆるものを包含するから若しかかる者の介入を認めるにおいては債務者の意思を尊重する必要から設けられたる同条の存在理由を否定することとなるからである。而して法律上の利害関係のみが独り同条の利害関係たり得るのである。

単に事実上第三者に利益なりということでは許されない(我妻前示)

而して原審は控訴人は直ちに建物収去の強制執行ができる関係にあつたから、それは第二項にいう法律上の利害関係があつたと判断している。

しかし、右解釈は全く法律を誤解したものである。蓋し本項において利害関係というのは弁済するや否により、弁済者自身の権利利益が喪失又は制限を受け、若くは義務の履行を強制せられる関係を謂い且それのみを謂うのである。

則ち弁済そのものにつきての法律上の利害関係を指すのであり、それ以外の関係を含まない。控訴人が税金を代納しなくても、控訴人のいう強制執行の権は何等の消長を受けない本件に在つては弁済につき控訴人は全く何等法律上の利害関係を有しないのである。原審の見解は第二項の利害関係の何たるやを正解できず、甚だしい見当違の誤りを為したものでその解釈適用は法令に明白に違背せるものである。更に控訴人の有し得べき関係を考察するもそれは収去命令の執行に対し(一)市から執行方法異議の申立を受くるおそれがあるということと(二)公売の結果建物取得者に対し承継執行文の付与を受くるという二点のみであるところ、前者については、たとえ市が執行方法異議を申立てても、市は控訴人が賃貸せる地上にある被控訴人所有の建物収去を阻止し得べき限りにあらず、又後者についても、承継執行文を簡易に得られるのみならず公売前に収去の執行を為し得ざるものではないから、あながち承継執行文の付与を受くるの要を見ない。

しかもこれ等はいづれも弁済についての法律上の関係ではなく単純なる事実上の関係換言すればそれは事実上控訴人に都合がよいということ以外を一歩も出でず、況や控訴人が直接法律上権利の喪失制限を受け若は義務の履行を強制される場合には該当しない。

(この点につき前出我妻教授岩波全書前掲参照)

然るに原判決は、この事実にも目を覆い、且、法律専門の弁護士の誤解不注意が唯一の原因であるのをことさら強て法律上の利害関係なりと断じて控訴人は第三者として弁済権ありとしたのは明かに法令違背である。

第三点原審は事務管理の法理を解せず、誤解、適用した。

(一) 抑々本人のため不利であるとき又は本人の意思に反するときは事務管理は成立しない。

蓋し、事務管理そのものが利他的制度であるから、かかる場合事務管理を認むる理由なく又民法七〇〇条但書がかかる場合事務管理の継続を排斥しているのに照し、当初からかかる事情が明かなるときは事務管理は成立せずと解すべきこと理の当然である。

同説 我妻、現代法学全集事務管理一四頁

鳩山、日本債権法各論下巻七六〇、七六一頁

岩波法律学辞典第二巻一、一八二頁以下(鳩山)

大判大八(オ)四三。大八、四、一八判決民抄録一九六一八頁

而して本人に不利であることが明かなりとは善良なる管理者の注意義務を用いれば不利なることを知り得べきことを謂い更に、本人の意思に反することが明かなりとは管理人が之を知れるか又は善良なる管理者の注意を用いれば之を知り得べき場合を謂う、しかもこれ等はいづれも管理行為当時につき之を謂うのである。

鳩山各論前示

なお民法七〇二条三項は本人の意思に反すること明かならざりし場合のみ適用せられることに留意を要する。

鳩山法律学辞典前示一一八三頁

これを本件に見るに、被控訴人は固定資産税納付の意思があるからこそその減額につき市当局と交渉していたのであり、これがまさに減額の決定を見ようとしていた際であつたから税金を第三者に代納せられるにおいては交渉の目的物を失い、みすみす減額交渉によつて得べきすべての利益を喪失せしめられるのであるから代納は被控訴人に不利であると共に被控訴人の意思に反すること多言を要せず明であるところ、控訴人はその代納に先ち被控訴人につき何等代納を為すことの連絡をも為さず寔に自己のみの利益を図り私にかつ突如被控訴人不知の間に代納を為したるものでありその代納なる事務管理が被控訴人のため不利であるか、又その意思に反するかにつき秋毫も前示善良なる管理者の注意を用いざりしものであり、この注意を為したるにおいてはこれ等不利、反意思は、たちどころに判明した客観的に明かであつたのであるから本件代納が被控訴人のため不利であり意思に反したものであることは管理行為たる代納の際控訴人(及びその代対人たる姫野を含めて)に明かであつたものとせらるべきである。而して控訴人及びその代理人姫野が被控訴人につき右注意義務を尽さざりしことは控訴人本人訊問の結果及び姫野証言に明々白々である。

なお控訴人が管理通知の義務を全く尽さなかつたことから見てもこれを裏付けているものといえる。

(二) 債務者の意思に反する第三者の弁済は事務管理を成立せしめない。

(1) 第三者の弁済が債務者の意思に反するときは、その弁済は無効であること第二項の明文の存するところであり判例の認めるところである。

大判、昭一四、一〇、一三民集一八巻一、一六五頁

この債務者の意思は

(1) 債権者、第三者その他何人に対しても表示せられない内心のもので足り、

同説 我妻、岩波全書民法Ⅱ五二三頁

我妻、有泉前掲一六二頁

於保不二雄法律学全集債権総論三二一頁

我妻債権法講議案(岩波)二九三頁

鳩山民法総論三九七頁

(2) 諸般の事情から認められれば足り、

同説 我妻、有泉前掲一六二頁

吉田久日本民法論債権編総論(日評新社)二〇二頁

大判、大六、一〇、一八民録一六六二頁

於保、前出

柚木判例債権法総論下巻二三五頁以下

(3) 債務者は予めこれを他人に表示しておく必要なく、

同説 我妻、有泉前掲一六二頁

大判昭六(オ)二三三五号、昭六、一二、二二、新聞三三六五号一一頁、評論二一巻一三〇頁

民法第三七四条第二項ノ規定ハ利害関係ヲ有セル第三者ノ為シタル弁済ノ有効ナルガ為ニハソノ弁済当時債務者ノ意思ニ反セサルコトヲ必要トスル法意ニシテ債務者ニ於テソノ弁済前予メ債権者又ハ第三者ニ対シ反対ノ意思ヲ表示シタル場合ニアラサレバ其ノ弁済ヲ有効トスル趣旨ニアラズ

鳩山前出

大判大六(オ)四六四号大六、一〇、一八民抄録一六九七三頁

民法第四七四条第二項ハ決シテ債務者ガ第三者ノ弁済ノ効力ヲ否定スルガ為ニ弁済前債権者又ハ第三者ニ対シ予メ第三者ノ弁済ヲ欲セサル旨ノ意思ヲ表示スルコトヲ必要ト為シタルモノニ非ザルナリ

(4) 第三者の弁済時に事実上この意思が存すれば足り、

同説 柚木判例債権法総論下巻二三五頁以下

鳩山債権総論三九七頁

(5) 第三者が弁済時に債務者の意思に反することを知ると否とを問わない(知らない場合でも弁済は無効)。

同説 大判昭六(オ)二三三五号昭六、一二、二二新聞三三六五号一一頁、評論二一巻民一三〇頁

民法第四七四条第二項ノ規定ハ利害関係ヲ有セサル第三者ガ債務者ノ意思ニ反シテ為シタル弁済ハ右第三者ニ於テ当時ソノ弁済ガ債務者ノ意思ニ反スルコトヲ知リタルト否トヲ問ハス常ニ無効トスル法意ナルコト明瞭ナリ

しかも、事務管理において「意思に反す」るときは事務管理は不成立であり、第三者の弁済においては第三者が意思に反することを知ると否とに拘らず事実上その意思に反する場合は弁済は無効である。彼此混肴してはならない。後者の場合事務管理の成立する余地なく、その弁済は無効であり(債権者が受領しても無効なること反対説の存せざるところ

同説 末弘、新法学全集債権総論一五四頁

我妻、有泉前掲一六二頁以下

である。)債務者の債務は依然之により消滅することなく存続する。されば債務者は第三者たる控訴人の代納に拘らず之により何等の利益を受くることなく、又債務者の意思に基く出捐でないから債務者たる被控訴人は第三者たる控訴人の出捐を償還乃至弁償せざるべからざる法理は全然存在しない。

大判昭九(オ)一〇二四号昭九、九、二九判決新聞三七五六号七頁以下

本人タル債務者ノ意思ニ反セサル限リ……他人ガ右債務者ノ為弁済ヲ為シタル以上事務管理トシテ正ニ民法七〇二条一項ノ適用アルベキモノトス」と判示せるは債務者の意思に反する第三者の弁済は事務管理として民法七〇二条一項の適用なしとするものである。

大判昭一七(オ)六六〇号昭一七、一一、二〇判決新聞四八一五号一七頁

弁済ガ債務者ノ意思ニ反スル以上弁済ハ無効ナルカ故ニ弁済者ハ債権者ニ対シ不当利得ヲ原因トシテ弁済金ノ返還ヲ請求シ得ベク、一方債務ハ消滅セスシテ存続スルカ故ニ(民法第四七四条第二項ハ第三者ノ弁済ヲ好マサル債務者ノ意思感情ヲ尊重スルノ為メ設ケラレタル規定ナルカ故ニ斯ル関係ナキ場合ニ関スル民法七〇七条ヲ右四七四条二項ノ場合ニ準用セントスル論旨ハ同条ノ立法趣旨ヲ解セサルニ出テタルモノニシテ左袒シ難シ)債務者ハ債権者ヨリ履行ノ請求ヲ受クルトキハ弁済ヲ為ササルベカラス何等利得スル処ナキカ故ニ不当利得ノ問題ヲ生スルコトナク論旨ハ理由ナシ。

被控訴人は控訴人の弁済は

(1) 土地賃貸借契約が正当に解除せられたるにあらずして地上建物の収去につき控訴人の利益と被控訴人の損害とにおいてなされる点と

(2) 市役所との税金減額交渉が不能ならしめられる点

とにおいて被控訴人の意思に反し且不利益なることを完全に証明し余す所はない。

加之、原判決また、「控訴人の本件代納が被控訴人の意思に反するものであることはこれをうかがうことができる」と認定しながらも、敢て控訴人はそれを知らずして代納したのであるから事務管理が成立したとし現に受くる代納額相当の利益の償還義務ありとしたのは、要之、控訴人の弁済の無効と事務管理の不成立とを正解せざるに出でたもので原判決は破毀を免れない。以上

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